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高松高等裁判所 昭和63年(ネ)274号 判決

昭和六二年(ネ)第一七八号事件控訴人、同年(ネ)第三一九号事件附帯被控訴人、昭和六三年(ネ)第二七四号当事者参加事件被参加人 株式会社 ユアーズ

右代表者代表取締役 山口淳三

同 落合俊哉

右二名訴訟代理人弁護士 赤松和彦

右二名補助参加人 東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役 松多昭三

右訴訟代理人弁護士 田中登

昭和六二年(ネ)第一七八号事件被控訴人、同年(ネ)第三一九号事件附帯控訴人、昭和六三年(ネ)第二七四号当事者参加事件被参加人 甲野花子

〈ほか一名〉

右二名訴訟代理人弁護士 荻原統一

昭和六三年(ネ)第二七四号当事者参加事件参加人 乙山二郎

右法定代理人親権者母 乙山春子

右訴訟代理人弁護士 永井弘通

同 中村史人

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人株式会社ユアーズ、同落合俊哉は、連帯(不真正)して、被控訴人甲野花子、同甲野一郎に対し、各三八一万四九五二円ずつ及びこれらに対する昭和五九年二月一〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人甲野花子、同甲野一郎のその余の請求を棄却する。

二  本件附帯控訴を棄却する。

三  当審における当事者参加請求に基づき、

1  参加人乙山二郎と被参加人甲野花子、同甲野一郎との間で、参加人乙山二郎が被参加人株式会社ユアーズ、同落合俊哉に対し、甲野太郎の交通事故による損害賠償債権(不真正連帯)四四〇万九〇一二円及び内四〇〇万九〇一二円に対する昭和五九年二月一〇日から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金債権(同)を有することを確認する。

2  被参加人株式会社ユアーズ、同落合俊哉は参加人乙山二郎に対し、連帯(不真正)して、四四〇万九〇一二円及び内四〇〇万九〇一二円に対する昭和五九年二月一〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被控訴人甲野花子、同甲野一郎(附帯控訴人ら)と控訴人株式会社ユアーズ、同落合俊哉(附帯被控訴人ら)との間に生じた訴訟費用(附帯控訴費用を含む。)は、第一、二審を通じて一〇分し、その九を被控訴人甲野花子、甲野一郎(附帯控訴人ら)の、その一を控訴人株式会社ユアーズ、同落合俊哉(附帯被控訴人ら)の、各負担とし、参加人乙山二郎と被参加人甲野花子、同甲野一郎との間に生じた訴訟費用は同被参加人らの負担とし、参加人乙山二郎と被参加人ユアーズ、同落合俊哉との間で生じた訴訟費用は同被参加人らの負担とする。

五  この判決は、主文第一項1、第三項2につき仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  昭和六二年(ネ)第一七八号事件控訴人株式会社ユアーズ(以下「ユアーズ」という。)、同落合俊哉(以下「落合」という。)ら、同年(ネ)第三一九号事件附帯被控訴人(同)ら、昭和六三年(ネ)第二七四号事件被参加人(同)ら(以下「控訴人ら」という。)

(控訴の趣旨)

(一) 原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。

(二) 被控訴人らの請求を棄却する。

(三) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

(附帯控訴に対する答弁趣旨)

(一) 本件附帯控訴を棄却する。

(二) 附帯控訴費用は附帯控訴人らの負担とする。

(参加請求に対する答弁趣旨)

(一) 参加人の請求を棄却する。

(二) 参加費用は参加人の負担とする。

2  昭和六二年(ネ)第一七八号事件被控訴人甲野花子(以下「花子」という。)、同甲野一郎(以下「一郎」という。)ら、同年(ネ)第三一九号事件附帯控訴人(同)ら、昭和六三年第二七四号事件被参加人(同)ら(以下「被控訴人ら」という。)

(控訴に対する答弁趣旨)

(一) 本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は控訴人らの負担とする。

(附帯控訴の趣旨)

(一) 原判決を次のとおり変更する。

附帯被控訴人らは各附帯控訴人に対し、連帯(不真正)して、各三二〇六万七四二九円(附帯控訴状の三二一六万七四二九円の記載は誤記と認める。)ずつ及びこれらに対する昭和五九年二月一〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 附帯控訴費用は附帯被控訴人らの負担とする。

(三) 仮執行宣言

(参加請求に対する答弁趣旨)

(一) 参加人の請求を棄却する。

(二) 参加費用は参加人の負担とする。

3  昭和六三年(ネ)第二七四号事件参加人乙山二郎(以下「二郎」又は「参加人」という。)

(一)  主文第三項1、2同旨

(二)  参加人と被参加人花子、同一郎との間の参加費用は同被参加人らの、参加人と被参加人ユアーズ、同落合との間の参加費用は同被参加人らの、各負担とする。

二  被控訴人らの請求原因

1  交通事故の発生

控訴人落合は昭和五九年二月一〇日午前一時三五分ころ普通乗用自動車(大阪四六ふ八五六九。以下「加害車」という。)を運転進行中高松市木太町二四三二番地先交差点において自転車に乗り進行中の甲野太郎(以下「太郎」という。)と接触し、同人に右大腿部骨折、右骨盤骨折、出血性ショックの傷害を負わせた上同年同月同日午前三時五五分病院において死亡させた。(以下「本件事故」という。)

2  責任原因

(一)  控訴人落合は、夜間で見通しが充分できず、信号機による交通整理の行われていない交差点を通過する場合、法定の制限速度を守り前方の交通の安全を確認して交差点を進行すべき注意義務があるところ、法定制限速度五〇キロメートルを遥かに超えた時速約九〇キロメールで、前方の交差点内の交通安全を確認せずに進行した過失があるので、民法七〇九条により、本件事故による太郎の被った損害を賠償する責任がある。

(二)  控訴人ユアーズは、控訴人落合を使用し、加害車を自己のため運行の用に供していたから、自賠法三条により、本件事故により太郎の被った損害を賠償する義務を負う。

3  損害

(一)  逸失利益 五一一八万三〇九〇円

太郎は、昭和一一年一月九日生本件事故当時四八歳で二三年間就労でき、マッサージ業を営み少なくても年額四八六万円(昭和五六年度賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模別計男子労働者学歴計)の収入があり、生活費三〇パーセントを控除し、新ホフマン式により中間利息控除後の現在額は五一一八万三〇九〇円(4,860,000×(1―0.3)×15.045=51,183,090)である。

(二)  慰謝料 二〇〇〇万円

(三)  死亡までの入院治療費 三二万一一六〇円

(四)  葬祭費用 一〇〇万四五〇〇円

内訳は、葬式費用三八万九五〇〇円、仏壇購入費六万五〇〇〇円、墓石代五五万円である。

(五)  被控訴人花子、同一郎は太郎の各子であるが相続を単純承認し、参加人二郎は太郎の子であるが相続放棄したので、被控訴人花子、同一郎が前記(一)ないし(四)の太郎の損害賠償請求権計七二五〇万八七五〇円を各二分の一の三六二五万四三七五円ずつ相続した。

(六)  被控訴人らは、本件損害賠償として、東京海上保険から自賠責保険により又控訴人ユアーズから任意に合計各七〇八万六九四六円ずつ(計一四一七万三八九二円)支払を受け、その額につき損害が填補された。

(七)  弁護士費用 被控訴人ら各自二九〇万円を要する。

(八)  よって、各被控訴人は控訴人らに対し、連帯(不真正連帯)して、三二〇六万七四二九円ずつ及びこれらに対する不法行為以後の昭和五九年二月一〇日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  控訴人らの答弁、抗弁

1  被控訴人ら請求原因1の事実(本件事故の発生)は認める。

2  同2(一)、(二)の事実(責任原因)は認める。

3  同3の事実(損害)は争う。すなわち、

(一)  同(一)、(二)、(四)の事実は争い、同(三)の事実は認める。

(二)  同(五)の事実の内相続関係(参加人の相続放棄を含む。)は認めるが、その余の事実は争う。

(三)  同(六)の事実(損害が填補)は認める。

(四)  同(七)の事実は争う。

4  過失相殺

太郎は、視力が殆どなく、本件事故当時飲酒酩酊(血中濃度一ミリリットル中一・三ミリグラム)の上自転車に乗り、太郎の進行方向は被控訴人落合の進行方向より道幅が狭く被控訴人落合が優先的に進行できたので、交差点の手前で一時停止し、交差点内の交通の安全を確認して、交差点に進入すべき本件事故回避義務があるのに、太郎はその注意義務を怠った過失があり、その寄与割合は太郎四〇パーセント(被控訴人落合六〇パーセント)とみるべきであるから、損害額の算定につきこれを斟酌されたい。

5  自賠責保険として、控訴人ユアーズの契約した控訴人ら補助参加人東京海上火災保険株式会社(以下「東京海上保険」という。)は昭和五九年一〇月二五日参加人法定代理人親権者母乙山春子(以下「春子」という。)に対し、本件事故による保険金の内参加人の相続した分として、六一五万八七六八円を支払った。しかし、右春子は相続放棄をしているのにこれを秘匿し、参加人が太郎の相続人として本件事故による損害賠償請求権を相続し取得した旨潜称し、東京海上保険に対し法定相続分どおりの保険金の支払を請求し、東京海上保険は書面審査により参加人が相続人に当たることを確認し相続放棄の事実を知らずに、正当な請求であると信じ、又、同席した被控訴人らの代理人荻原弁護士もその請求に異議を述べなかったため、支払ったものであり、その支払に過失がないから、準占有者弁済として有効である。

四  控訴人らの抗弁に対する被控訴人らの再答弁

1  控訴人ら主張三4の事実は争う。太郎は左眼は全盲、右眼の視力は〇・〇六の身体障害者で前方の交通安全を確認できないものである。

2  相続放棄をした参加人は、始めから相続人ではなく、本件損害賠償債権を相続した外観がなく、相続放棄の事実は東京海上保険が親権者春子に聞けば直ちに分かったことであり、被控訴人らと参加人との親権者が異なり、遺産分割協議もしておらず、相続債務の支払を求める訴訟が既に継続していたので、東京海上保険が通常の注意をすれば相続放棄の事実を知ることができた。従って、東京海上保険が参加人に対してした支払は、過失に基づくもので、準占有者弁済に当たらない。

五  参加人の請求原因

1  本件事故の発生、責任原因、については、被控訴人ら主張と同一の主張をする。

2  損害額

(一)  逸失利益

太郎は、昭和一一年一月九日生、本件事故当時四八歳で一九年間就労でき、マッサージ業を営み、年収約三〇〇万円、生活費をその三五パーセントとし、新ホフマン方式で中間利息を控除した後の現在額は、二五五七万六二〇〇円(3,000,000×(1-0.35)×13.116=25,576,200)となる。

(二)  太郎の慰謝料 一八〇〇万円

(三)  本件事故につき太郎の過失割合は三〇パーセントとみて、相殺後の額は三〇五〇万三三四〇円となる。

(四)  参加人は太郎の子として三分の一の一〇一六万七七八〇円を相続した。

(五)  参加人は本件事故による損害賠償として、自賠責保険から六一五万八七六七円の支払を受けたので、その残額は四〇〇万九〇一二円となる。

(六)  弁護士費用 四〇万円

3  参加人法定代理人春子は昭和五九年四月二八日高松家庭裁判所に相続放棄の申立をし同年五月二日右申述を受理する審判がされた(以下「本件相続放棄」という。)が、それは要素の錯誤に基づくもので無効であったため、高松家庭裁判所に対し本件相続放棄の申述を取り消す旨の申立をし、昭和六三年九月一九日右取消申述を受理する審判がされた。すなわち、参加人法定代理人春子は、本件事故前の昭和五三年七月四日に太郎と離婚しその後数年経過しており、二郎の親権者ではあるが参加人を養育して漸く生計を維持する程度の収入を得ていたが、本件事故直後ころ甲野春夫(以下「春夫」という。被控訴人花子、同一郎と同居し後に同人らの後見人に選任された。)から、「太郎が約三〇〇〇万円の債務を残して死亡し相続放棄しなければその債務が子らに掛かってくるので相続放棄するように」と言われ、法律知識に乏しいためそのような巨額の債務を相続すると生活できないと考えて相続放棄の申立をした。しかし、後日判明したところによると、そのような多額の債務がなく、債務の内住宅ローンの一〇〇〇万円の債務はローンと同時にこれに組み込んで契約した太郎の生命保険金で支払われ、他の債務も存在しないか少額のものばかりであり、他方、多額の本件損害賠償債権も相続できることを知ったから、本件相続放棄の申述はその要素に錯誤があり無効である。

4  右3と選択的に、本件相続放棄の申述は春夫の詐欺によるものであるから、参加人は本訴において、これを取り消す。その事情は3と同一である。

5  被控訴人らは参加人が本件相続放棄したとして、本件事故による損害賠償債権の内参加人の相続分等の帰属を争っている。

6  参加人は昭和五九年一〇月一五日東京海上保険から、本件事故による自賠責保険金として六一五万八七六八円の支払を受けたが、それは真実の相続人として弁済を受けたもので、潜称相続人として受領した準占有者弁済ではない。

7  よって、(一) 参加人と被控訴人らとの間で、参加人が各控訴人に対し、連帯(不真正)して、本件事故による損害賠償債権四四〇万九〇一二円及び内四〇〇万九〇一二円に対する不法行為以後の昭和五九年二月一〇日から支払済に至るまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金債権を有することの確認、(二) 参加人が各控訴人に対し、本件事故による損害賠償として、連帯(不真正)して、四四〇万円及び内四〇〇万九〇一二円に対する不法行為以後の昭和五九年二月一〇日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六  参加人の請求原因に対する被参加人らの答弁

1  被参加人花子、同一郎

(一)  参加人の請求原因1の事実(本件事故の発生、責任原因)は認める。

(二)  同2の事実(損害)は争う。太郎の損害額は前記被控訴人ら主張二3のとおりである。

(三)(1)  同3の事実(要素の錯誤)は争う。参加人はその主張のとおり本件相続放棄をしたものであり、その申述に要素の錯誤はなく、本件相続放棄の取消申述は真意に反する。

(2) 要素の錯誤に当たるとしても、参加人法定代理人春子が太郎の遺産である債務及び積極財産の調査をしないで本件相続放棄をしたことは重大な過失に当たるから、その無効を主張することができない。

(四)  同4の事実(詐欺による取消)は争う。

(五)  同5の事実(賠償債権帰属の争い)は認める。

(六)  同6の事実は争う。但し、参加人が東京海上保険からその主張のように支払を受けたことは認める。その支払が準占有者弁済に当たらないことは、前記被控訴人ら主張(四2)のとおりである。

2  被参加人ユアーズ、同落合

(一)  参加人の請求原因1の事実(本件事故の発生、責任原因)は認める。

(二)  同2の事実(損害)は争う。前記三3(一)ないし(四)主張のとおりである。

(三)(1)イ 同3の事実(要素の錯誤)は争う。

ロ 参加人は太郎の遺産の内容につき調査しないで本件相続放棄をした重大な過失があるから、自らこれを主張することができない。

(2)イ 同4の事実(詐欺による取消)は争う。

ロ 東京海上保険は詐欺の事実を知らない第三者であるから、その取消をもって対抗することができない。

(3) 本件相続放棄が要素の錯誤により無効又は詐欺により取り消されたとしても、参加人は真正な相続人となるから、東京海上保険が参加人に支払った前記金員は有効な弁済となる。

七  被参加人らの再抗弁に対する参加人の再答弁

1  被参加人花子、同一郎主張六1(三)(2)の事実(重大な過失)は争う。

2  被参加人ユアーズ、同落合主張六2(三)(1)ロの事実(重大な過失)、同(2)ロの事実(善意の第三者)は争う。

八  《証拠関係省略》

理由

一  被控訴人ら請求原因1、2及び参加人請求原因1、2の各事実(本件事故の発生、責任原因)は各当事者間に争いがない。

二  損害額

1  逸失利益について

《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

太郎は、昭和一一年一月九日生、本件事故当時四八歳であり、左眼は全盲、右目の視力は〇・〇六の身体障害者で、マッサージ業を営み、もとマッサージ士として昭和五六年六月まで高松病院に勤務していた時の収入月額は約一八万五〇〇〇円で、その後個人で営業を始めた後は月額二〇万円を下回らない収入があり、それで被控訴人らを養育していた。

以上のとおり認められ(る。)《証拠判断省略》

太郎は六七歳まで一九年間就労可能で、その間右認定の年額二四〇万円を下回らない収入が得られ、生活費をその三五パーセントとして、新ホフマン方式により中間利息を控除した現在額は二〇四六万〇九六〇円(2,400,000×(1-0.35)×13.116=20,460,960)となる。

2  前記各事実によると、太郎の死亡(死亡に至るまでの傷害の部分を含む。)による慰謝料は一八〇〇万円とするのが相当である。

3  死亡までの入院治療費が三二万一一六〇円であることは、被控訴人らと控訴人らとの間に争いがなく、参加人との間では弁論の全趣旨により認められる。

4  《証拠省略》によると、太郎の葬式費用三八万九五〇〇円、仏壇購入費六万五〇〇〇円、墓石代五五万円(合計一〇〇万四五〇〇円)を要したことが認められるが、その内控訴人らの負担すべき部分は六〇万円とするのが相当である。

5  過失相殺について

本件事故につき控訴人落合に被控訴人ら及び参加人主張の過失があったことは前記のとおりである。この事実と、《証拠省略》を総合すると、太郎は本件事故当日本件事故現場付近の飲食店で約三時間に友人の丙川一夫と二人で日本酒四ないし六合程を飲酒し、酩酊(血中濃度一ミリリットル中一・三ミリグラム)して、眼が悪いのに深夜自転車に乗り、本件交差点の中央付近まで進行した時に控訴人落合運転の加害車と接触したことが認められ、右事実によると、太郎には飲酒酩酊の上眼が悪いのに深夜自転車に乗った点で、本件事故回避義務を怠った過失があり、前記の控訴人落合の過失とが競合して本件事故が発生したものであり、その過失割合は控訴人落合八〇パーセント、太郎二〇パーセントとみるべきである。(控訴人らは、右の点のほか控訴人落合の進行道路に優先通行権があることをも考慮すべき旨主張するが、太郎は既に交差点に進入しその中央付近で接触したものであるから、交差点に進入する前に一旦停止して前方の交通の安全を確認する義務は本件事故と因果関係がない。)

これを考慮すると、その損害額は前記1ないし4の合計三九三八万二一二〇円の八〇パーセントに当たる三一五〇万五六九六円となる。

6  参加人の本件相続放棄とその取消について

(一)  被控訴人花子、同一郎、参加人二郎が太郎の各子であることは各当事者間に争いがない。

(二)  《証拠省略》を総合すると、参加人法定代理人春子が高松家庭裁判所に太郎の相続を放棄する旨申し立て、同家庭裁判所が昭和五九年五月二日その申述を受理する旨審判した(本件相続放棄)こと、同春子がその後高松家庭裁判所に対し、本件相続放棄申述に要素の錯誤があるのでこれを取り消す旨申し立て、同家庭裁判所が昭和六三年九月一九日右相続放棄を取り消す申述を受理する旨審判したことが認められる。

(三)  本件相続放棄の要素の錯誤について

《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1) 太郎は春子と婚姻していたが、太郎が賭事に耽り生活費を渡さなかったことなどが原因で昭和五三年七月四日協議離婚届出し、太郎が被控訴人花子(昭和四一年三月一六日生)、同一郎(昭和四三年一月二二日生)、春子が参加人二郎(昭和五四年一二月一七日生)の各親権者として各子を養育していたところ、太郎死亡後は太郎の弟の甲野春夫が被控訴人らを引き取って養育し、昭和五九年四月二日被控訴人らの各後見人に選任され、太郎の遺産は右春夫が管理していた。

(2) 春夫は本件事故直後の昭和五九年三月ころ春子に対し、「太郎が離婚後自暴自棄となり借金を重ね三〇〇〇万円の債務だけが残り、相続放棄をしないと、子らがその債務を支払わなければならないので、相続放棄をせよ。」と述べた。春子はその際春夫からそれ以上の遺産内容を聞かなかったが、離婚後既に数年を経過しその間全く音信不通であり、又、婚姻中の太郎の行状を考え合わせると、春夫の言うことが事実であると考えた。

(3) 春子は法律知識に乏しいため、その翌日高松家庭裁判所でその相談をしたが、参加人が本件損害賠償請求権を相続したとの認識がなく、遺産として分割を求められる積極財産も思いつかないばかりか、参加人が債務を相続すれば、春子が飲食店で働いて得る僅かな給科で参加人を養育した上その中から離婚した太郎の借金を支払う結果になり、そうすることは到底できないし、被控訴人らもいずれ春夫が後見人に選任された後に相続放棄するものと考え、前記のように本件相続放棄の手続をした。

(4) 太郎の遺産と債務の処理は次のとおりである。

イ 婚姻中に太郎名義で取得し離婚の際太郎所有とした不動産(高松市木太町所在の宅地一〇〇・四四平方メートル、同地上建物木造瓦葺二階建一階四五・三六平方メートル、二階三五・六四平方メートル)があるが、その取得の際金融公庫から借り受けた債務残額が一〇三六万五〇〇二円(但し、昭和五八年一一月二六日現在)あり、それを株式会社ライフが代位弁済し、その求償債務は右金融公庫の借受に付随して契約された太郎の生命保険の保険金により九九四万七〇八九円が支払われ、和解により残債務のうち五〇万円を支払い、その余につき免除を受けた。

ロ 右建物には、浅野に対し四〇〇万円及び佐藤に対し八〇〇万円の各譲渡担保の設定登記があったが、いずれも貸与の日時、内容が不明な架空のものであり、被控訴人らは萩原弁護士に委任し、高松地方裁判所に右債務の不存在確認訴訟を提起し、その勝訴判決を得ている(但し、未確定)。

ハ サラ金などの債権者と小口の債務につき示談交渉の上、合計二〇二万二三八〇円(内訳は、岩本成安二〇万円、東明商事七〇万円、日本信販一四万二三八〇円、東急物産一六万円、マルカワ三〇万円、アワヤ五万円、東急一〇万円を二口、宮本唯一に一〇万円、レイク一一万円、中村信雄一万円、富士リース五万円)を支払った。

(5) 春子は昭和五九年九月一一日ころ東京海上保険から、本件損害賠償債権の内参加人の相続分を請求するように言われ、よくその意味を理解せず、既に本件相続放棄をしているけれどもその権利があると考えて、その請求をしたところ、参加人法定代理人春子が同年同月同日ころ東京海上保険から、本件損害賠償として六一五万八七六八円の支払を受けた。しかし、被控訴人ら代理人萩原弁護士が昭和六三年七月二日右春子に対し、参加人は既に本件相続放棄をしており、右保険金を相続できないので、右受額した保険金の全額を被控訴人らに支払うよう求めた内容証明郵便による催告を受け、そのころ初めて本件相続放棄の申述が要素の錯誤に基づくものであることを認識し、直ちに前記の本件相続放棄申述取消の申立をした。

以上のとおり認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定事実によると、本件相続放棄申述当時の参加人法定代理人春子の内心の意思は、太郎の遺産としては住宅ローン残債務約一〇〇〇万円のある太郎の居住建物及びその敷地以外にみるべき積極財産がなく、本件損害賠償債権が相続対象となるとの認識がなく、三〇〇〇万円に及ぶ多額の債務を参加人を含む子らが支払わなければならないから、その相続を放棄するというものであったが、実際にはそれ程多額の債務は存在せず、又、多額の本件損害賠償債権があったのであるから、右内心の意思と申述との間に錯誤があり、その不一致は重要な部分にあるから、本件相続放棄は要素の錯誤により無効であるといわざるを得ない。

(四)  被控訴人ら、控訴人らは、参加人法定代理人春子に本件相続放棄をするにつき重大な過失があったから、その無効を主張することができない旨主張する。

右主張事実を認めることのできる的確な証拠はない。前記認定事実によると、春子は本件相続放棄に当たり太郎の遺産内容につき調査しなかったけれども、法律知識に乏しく離婚後数年を経た春子にその調査を求めることは実際上困難であり、春子が三〇〇〇万円という多額の債務があるとの春夫の言うことを信じたのは、婚姻中太郎が賭事に耽り生活費を渡さなかった行状に基づくもので首肯でき、春子に重大な過失があったものということはできない。この点の被控訴人ら、控訴人らの右主張は理由がない。

(五)  従って、本件相続放棄の申述が要素の錯誤により無効である旨の参加人主張は理由がある。

7  参加人に対する準占有者弁済について

(一)  東京海上保険が参加人に対し、本件損害賠償として、六一五万八七六八円を支払ったことは各当事者間に争いがない。

(二)  右支払が準占有者弁済となる旨の控訴人ら主張は、本件相続放棄が有効であることを前提とするところ、前記のように本件相続放棄は無効であるから、右主張はその余の点につき判断するまでもなく、理由がない。

8  被控訴人花子、同一郎、参加人二郎が太郎の各子であることは各当事者間に争いがないので、前記5説示の過失相殺後の三一五〇万五六九六円につき法定相続分に従い各一〇五〇万一八九八円ずつ相続したものである。

9  本件事故による損害賠償として、東京海上保険及び控訴人ユアーズが被控訴人花子、同一郎に対し、合計各七〇八万六九四六円ずつ支払ったことは各当事者間に争いがないから、その残額は各三四一万四九五二円ずつとなる。又、前記説示によると、東京海上保険は真実の相続人である参加人に対し、六一五万八七六八円を支払ったことになるから、残額は四三四万三一三〇円である。

各被控訴人の弁護士費用中控訴人らの負担すべき部分は各四〇万円ずつ、参加人の弁護士費用中控訴人らの負担すべき部分は四〇万円とするのが相当である。

三  以上のとおりであるから、(一) 本件事故による損害賠償として、控訴人らは連帯(不真正)して各被控訴人に対し、各三八一万四九五二円ずつ及びこれに対する不法行為以後の昭和五九年二月一〇日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負い、被控訴人らの控訴人らに対する本訴請求はその限度で理由があるので認容し、その余は理由がないので棄却すべきところ、一部これと異なる原判決は相当ではないので、これを右説示のとおり変更し、当審における当事者参加に基づき、(二) 参加人と被参加人花子、同一郎との間で、参加人が被参加人ユアーズ、同落合に対し、本来は、太郎の本件交通事故による損害賠償債権(不真正連帯)四七四万三一三〇円及びこれに対する不法行為以後の昭和五九年二月一〇日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害賠償債権(同)を有することの確認請求は理由があるが、その限度内の請求である四四〇万九〇一二円及び内四〇〇万九〇一二円に対する不法行為以後の昭和五九年二月一〇日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害賠償金債権(同)の確認請求は理由があり、(三) 被参加人ユアーズ、同落合は連帯(不真正)として参加人に対し、四四〇万九〇一二円及び内四〇〇万九〇一二円に対する不法行為以後の昭和五九年二月一〇日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負い、その請求は理由があるので、右各請求を認容し、各訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、八九条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条の規定に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 髙木積夫 裁判官 孕石孟則 高橋文仲)

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